2012年03月15日
ボランタリー活動奨励賞受賞
3月13日の午後神奈川県から「かながわボランタリー活動推進基金21平成23年度ボランタリー活動奨励賞」を受賞した電話連絡がありました。
ボランタリー活動奨励賞は、他のモデルとなるような実践的な活動で、地域社会への貢献度が高い活動に自主的に取り組んでいる団体及び個人を表彰することによって、その活動の継続・発展を促進することを目的としています。
今回は過去最多の63団体の推薦があった中で6団体が受賞しました。小さな団体で受賞できたのは、町内外様々な人たちのご協力で地道な活動を積み重ねることができたからです。みなさんありがとうございます。
選考理由は次のとおりです。
「様々なまちづくりの現場に入って関係者とコミュニケーションを取りながら、情報紙づくりを行うだけでなく、情報発信、地域イベント、地域ブランドづくりなど、地域のネットワークや行動力・アイデアを生かして、多面的にまちづくりを推進していることを評価する。
まちづくりにおいて様々な担い手をつなぐ媒介役を果たしていることも高く評価できる。」
まだあまり実感がありませんが、「現場」力、「多面的なまちづくり」、「媒介役」を評価されたのはとてもうれしいです。
12年以上活動してきましたが、「しお風」の活動があまりにもいろいろな分野であり、「何をしたいのかわからない」「他人のフンドシで活動をしている」「ボランティアじゃない」などと言われることも多かったので。
実は県のこの賞に申し込んだのは、二宮町の協働まちづくり補助金の公開審査で非交付になってしまったことがきっかけになっています。その時に県の方もきていらっしゃって、「こちらに応募してみたら」と勧められたからでした。
結局、二宮町協働まちづくり補助金が何故非交付なのか、どういう評価だったのか文書でも問合せましたが、わかりませんでした。
この時の審査員の質問には「当初二宮ブランドの協議会のメンバーだったのに参加いただけず、協力をえられなかったのに、今は町と同じようなことをしている」「何か独走しすぎている感じ。想いは非常に強くお持ちですが、空まわりしている」「情報活動に非常に熱心でオピニオンリード誌的で一体何の新聞だろうなと感じる」など言われ、提案した内容の質問ではなく「しお風」や私への批判としか思えない内容でした。
二宮ブランドの協議会も私が辞めたのではなく、やめさせられたのが真相です。担当職員に「これからはお店の人たちなど具体的な商品開発に関わる人で構成するので神保さんはもう結構です」と言われました。
その当時は県商連で仕事をして「しお風」の活動費を稼いでいたので、欠席した今までの資料を請求したら「神保さん変なことに使わないでください。神保さんはアイデア泥棒ですから」と言われました。その時も公開審査時も非常にくやしかったのを覚えています。
こんな些細なことにこだわらず、町内の人はもちろん、町外の人と協力しあいながら、二宮にこだわってまちづくり活動を続けていきたいと思います。二宮にこだわることで、他の地域でも素敵な活動をしていきたいと思います。
ボランタリー活動奨励賞は、他のモデルとなるような実践的な活動で、地域社会への貢献度が高い活動に自主的に取り組んでいる団体及び個人を表彰することによって、その活動の継続・発展を促進することを目的としています。
今回は過去最多の63団体の推薦があった中で6団体が受賞しました。小さな団体で受賞できたのは、町内外様々な人たちのご協力で地道な活動を積み重ねることができたからです。みなさんありがとうございます。
選考理由は次のとおりです。
「様々なまちづくりの現場に入って関係者とコミュニケーションを取りながら、情報紙づくりを行うだけでなく、情報発信、地域イベント、地域ブランドづくりなど、地域のネットワークや行動力・アイデアを生かして、多面的にまちづくりを推進していることを評価する。
まちづくりにおいて様々な担い手をつなぐ媒介役を果たしていることも高く評価できる。」
まだあまり実感がありませんが、「現場」力、「多面的なまちづくり」、「媒介役」を評価されたのはとてもうれしいです。
12年以上活動してきましたが、「しお風」の活動があまりにもいろいろな分野であり、「何をしたいのかわからない」「他人のフンドシで活動をしている」「ボランティアじゃない」などと言われることも多かったので。
実は県のこの賞に申し込んだのは、二宮町の協働まちづくり補助金の公開審査で非交付になってしまったことがきっかけになっています。その時に県の方もきていらっしゃって、「こちらに応募してみたら」と勧められたからでした。
結局、二宮町協働まちづくり補助金が何故非交付なのか、どういう評価だったのか文書でも問合せましたが、わかりませんでした。
この時の審査員の質問には「当初二宮ブランドの協議会のメンバーだったのに参加いただけず、協力をえられなかったのに、今は町と同じようなことをしている」「何か独走しすぎている感じ。想いは非常に強くお持ちですが、空まわりしている」「情報活動に非常に熱心でオピニオンリード誌的で一体何の新聞だろうなと感じる」など言われ、提案した内容の質問ではなく「しお風」や私への批判としか思えない内容でした。
二宮ブランドの協議会も私が辞めたのではなく、やめさせられたのが真相です。担当職員に「これからはお店の人たちなど具体的な商品開発に関わる人で構成するので神保さんはもう結構です」と言われました。
その当時は県商連で仕事をして「しお風」の活動費を稼いでいたので、欠席した今までの資料を請求したら「神保さん変なことに使わないでください。神保さんはアイデア泥棒ですから」と言われました。その時も公開審査時も非常にくやしかったのを覚えています。
こんな些細なことにこだわらず、町内の人はもちろん、町外の人と協力しあいながら、二宮にこだわってまちづくり活動を続けていきたいと思います。二宮にこだわることで、他の地域でも素敵な活動をしていきたいと思います。
Posted by tomo at 23:47│Comments(0)
│しお風のつぶやき
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